*メンデルスゾーン 序曲「フィンガルの洞窟」 (2022年9月23日 第45回定期演奏会 プログラムより)

 ドイツ・ロマン派の作曲家フェリックス・メンデルスゾーン(1809 - 1847)は、哲学者モーゼスを祖父、銀行家アブラハムを父親に持ち、恵まれた環境の中で十分な教養を受けて育った。その才能は17歳の頃には完成の域に達していたといわれる早熟の天才である。幼い頃からヨーロッパ各地を旅していたメンデルスゾーンは、1829年、20歳の春に初めてイギリスの土を踏み、7月にスコットランドを訪れた。本作品は、その時に着想されたものである。
 フィンガルの洞窟とは、スコットランド北西沖、ヘブリディーズ諸島のスタッファ島にある大岩窟で、スコットランドの詩人オシアンの叙事詩に登場する英雄フィンガル王の名をとって付けられたものである。全体が六角柱状の玄武岩で形成されていて、偶然に出来上がったアーチ状の天井やその広さから、洞窟内では波のこだまが生む不気味な音が響き渡り、まるで大聖堂やホールの反響のような雰囲気があるという。
 本作品は特定の物語を持つものではないが、風景や感情を描き出す、ロマン派標題音楽の先駆けとも言える。主に二つの主題で構成されており、冒頭、波のうねりを表すような第一主題がヴィオラ、チェロ、ファゴットによって呈示され、刻一刻と入れ替わる洞窟の情景が次々と描写されていく。続いて木管楽器によって奏される補助的主題は、荒波から悲しい海の叫びがこだましているかのようだ。一方の第二主題は、陽の光を感じるような柔らかなカンタービレの主題でチェロ、ファゴットによって歌われる。その後、曲は盛り上がりを見せ、嵐のようなクライマックスを形成する。曲の終盤にクラリネットによって第二主題が回顧されるシーンでは、メンデルスゾーンならではの美しく静謐な世界が広がっている。
 ワーグナーはこの序曲を聴いて「素晴らしい風景画家」と評したという。現にメンデルスゾーンは生涯を通じて水彩画を描くことを習慣としており、その流麗で均整の取れた画風から、音楽作品との結びつきを感じることが出来る。他方、様々な教養に造詣が深かった彼は、視覚的なイメージだけでなく、詩人や戯曲家によって描かれた、洞窟に関する伝説や物語から十分すぎるほどのインスピレーションを得ていたはずである。フィンガルの洞窟では、そうした内なるエネルギーが同時代の音楽的伝統からメンデルスゾーンを解放し、独創的、進歩的な作品を創造する勇気を与えたとも言えるだろう。

(オーボエ 吉岡 克英)

編成:フルート 2、オーボエ 2、クラリネット 2、ファゴット 2、ホルン 2、トランペット 2、ティンパニ、弦楽5部。

 

 


 

このサイトはフレームで構成されております。画面左端にメニューが表示されない場合は、下記リンクよりTopページへお越しください。
ブロカートフィルハーモニー管弦楽団 http://www.brokat.jp/