*ブルックナー 交響曲第5番 変ロ長調 (2022年9月23日 第45回定期演奏会 プログラムより)

 ブルックナーの音楽は、私が思い描く「宇宙」とよく似ている。果てしなく広がる空間に(交響曲のほとんどは気が遠くなるくらい長い)、数え切れないほどの星や石や塵が浮かび(たくさんの音符)、自転や公転など規則性のある動きを継続しながらも(同じリズムが反復される)、何かが誕生したり消滅したり爆発が起きたり風が吹いたりと常に変化している(突然大きくなったり小さくなったり速くなったり遅くなったり)。次々と起こる現象がなんなのか、いったいなぜそうなるのか、私にはよくわからないし、うまく説明することもできない。けれど、すべては理にかなっていて必然なんだろうと心から信じることができる。人間の生々しい感情とは次元の違う大いなる存在。そして、どの場面をどう切り取っても、とても美しい。
 アントン・ブルックナー(1824 - 1896)はオーストリアの小さな田舎町アンスフェルデンに生をうける。教師でオルガン奏者でもあった父の指導のもと、歌、ヴァイオリン、ピアノ、オルガンなどを学び、幼少から優れた音楽の才能を発揮した。教師の職を経て、1850年に聖フローリアン修道院の、1855年にはリンツ大聖堂のオルガニストに就任している。教会のオルガン奏者と聞いて、賛美歌を歌うときに伴奏をする人と捉える方もいるかもしれない。しかし、当時のヨーロッパの大聖堂におけるオルガニストというのは格別な職務だった。ローマカトリック教会典礼憲章第6章「教会音楽」第120条「オルガンとその他の楽器」、第121条「作曲と作詞」に「パイプオルガンは、その音色が教会の祭儀に驚くべき輝きを添え、心を神と天上へと強く高揚させる伝統的な楽器として、ラテン教会において大いに尊敬されなければならない」「キリスト教の精神に満たされた作曲家は、教会音楽を発展させ、その宝を豊かにするために召されているとの自覚をもたなければならない」と記されている。演奏によって人と神を繋ぎ、既存の曲をただ演奏するだけでなく、テーマを元に即興的に作曲しながら発展させていく力が必要とされた。ブルックナーは「最も優れたオルガン奏者の一人」と称されている。すなわち、最も優れたフーガ作曲家の一人ということにもなる。フーガは逃げるという言葉が語源となっている作曲技法で、最初に提示される主題を、音の高さやリズムなどさまざまに形を変えながら繰り返し、追いかけるように加わり展開していく形式のことである。本日演奏する交響曲第5番の第4楽章で展開される長大なフーガはまさに奇跡と言えよう。
 ブルックナーというと、交響曲の作曲家というイメージが強い人も多いのではないだろうか。通し番号のない習作から未完の第9番まで、深遠な交響曲を愛するファンは国内外ともに多い。しかし、彼が交響曲第1番を作曲したのは42歳のとき、第5番を作曲したのは54歳のとき。交響曲作曲家としてはじつに遅咲きである。第5番の初演は1894年にグラーツで行われたが、すでに70歳となっていたブルックナーは、病気のため立ち会うことができなかった。指揮者のシャルクは、長く難解なこの曲を普及させるために、大きなカットを施したり、オーケストレーションを変更したり、大幅な改訂をしている。この改訂にブルックナーは不満を持っていたという話もあるが、ともあれ演奏は熱狂的な拍手で讃えられ、シャルクはブルックナー に「この演奏会は私がこれまでに関わることのできた最も素晴らしい出来事の一つとして、私の生涯を通じて記念となっていくことでしょう。終楽章には誰にも想像できないほどの圧倒的な力がありました」と書き送っている。本日は作曲家の原典に基づいたノヴァーク版を取り上げる。けれど、改訂版にせよ原典版にせよ、ブルックナーはこの曲の演奏を一度も聴くことなくこの世を去ってしまった。
 ブルックナーは敬虔なローマカトリック教徒だったといわれている。11人兄弟の長男として生まれたが、無事に育ったのはそのうちの5人の子供だけ。父親も13歳で亡くなっている。当時は珍しくないことだったのかもしれないが、幼い弟妹が、そして父が次々と亡くなっていくさまを目の当たりにし、特別な宗教観と死生観が心のうちに育っていったのかもしれない。40歳のときに初演されたミサ曲第1番の成功を祝って友人から月桂樹と繻子のリボンが贈られた。リボンには友人の作った詩が刺繍されていて、彼はその贈り物を終生大切にしたという。「かつて神より出でし芸術は、神へと戻らねばならぬ」。

(ホルン 吉川 深雪)

編成:フルート 2、オーボエ 2、クラリネット 2、ファゴット 2、ホルン 4、トランペット 3、トロンボーン 3、テューバ、ティンパニ、弦楽5部。

 

 


 

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ブロカートフィルハーモニー管弦楽団 http://www.brokat.jp/