*チャイコフスキー 交響曲第4番 ヘ短調 (2017年9月8日 第39回定期演奏会プログラムより)

 ピョートル・チャイコフスキー(1840−1893)が完成させた六つの交響曲の中でも、本日お聴きいただく交響曲第4番以降の3曲は「三大交響曲」と呼ばれ、その芸術性が高く評価されています。交響曲第4番のほかにも、バレエ「白鳥の湖」、歌劇「エフゲニー・オネーギン」といった傑作が生み出され、チャイコフスキーが芸術家として大きな一歩を踏み出した1877年は、彼の人生においても、大きな転機となる年でした。
 その転機は、二人の女性からの手紙によってもたらされます。一人は大富豪の未亡人、ナデージダ・フォン・メック夫人。1876年の末に熱烈なファンレターを書いてチャイコフスキーに援助を申し入れ、以降14年間にわたり、一度も直接会うことなく、巨額の年金や作曲依頼を通じて作曲家を経済的に支え続けます。もう一人はアントニーナ・ミリュコーヴァという、「自称」チャイコフスキーの教え子でした。1877年の4月に送られてきた一方的な求愛の手紙をきっかけに二人は出会い、7月には夫婦となります。しかし、チャイコフスキーはすぐさま逃亡して自殺まで図り、ほどなく結婚は破綻してしまいます。この年、チャイコフスキーは、メック夫人に金を無心する手紙の中で、交響曲第4番の献呈を提案し、結婚から逃亡して巡った冬のヨーロッパで、曲を仕上げたのです。天からふってきた幸運と、地獄の結婚生活の間をさまよいながら。
 さて、完成した曲がいたく気に入ったメック夫人の求めに応じて、チャイコフスキーはみずから、曲の内容を説明する手紙を書き送ったために、この交響曲第4番は、作曲家自身による解説文が後世に残されるという、貴重な例となりました。その手紙の言葉を引用しながら、各楽章を見ていくことにしましょう。
 第1楽章の標題は、「厳しい現実と、つかの間の幸福の夢との、絶え間のない交代」だといいます。序奏を形作る、重苦しいファンファーレは、幸福追求を妨げる「宿命的な力」です。憂鬱なリズムを持つ第一主題が執拗にくり返され、心地よい場面が現れたかと思えば、「宿命」の序奏が回帰して夢を妨げます。
 第2楽章は「夕方、一人腰掛けて、仕事に疲れ、本を手にとっても滑り落ちてしまう」時の、メランコリックな感情。過去の苦しみや喜びが次々浮かぶが、それらすべてがもう遠いという、思い出の甘美な悲しみが、静かに昔語りをするようなアンダンテのリズムににじみ出ます。
 第3楽章は「ほろ酔い気分になった時に脳裏をかすめる、気まぐれなアラベスク」。弦楽器のピチカートと、おどけた行進曲風の木管楽器の調べからなる一風変わったスケルツォで、夢の中のようにどこか脈略がありません。
 突然喜びが爆発する第4楽章は「民衆のお祭り騒ぎ」。有名なロシア民謡を用いた第一主題と、勇ましい行進曲風の第二主題がくりかえされたあと、あの第1楽章の「宿命」のファンファーレが戻ってきますが、それを気にも止めずに迫り来る荒々しいコーダによって、曲は閉じられます。「他人の喜びを喜びなさい。素朴ではあっても、力強い喜びは存在します。いずれにしても、生きて行くことはできます」という作曲家の言葉を、宿命に対する喜びの勝利宣言と取るか、ともかくも人生は続くという開き直りと取るかは、聴き手にまかされているのです。

(ヴァイオリン 宮本 友紀子)

楽器編成 フルート 2、ピッコロ 1、オーボエ 2、クラリネット 2、ファゴット 2、ホルン 4、トランペット 2、トロンボーン 3、テューバ 1、ティンパニ 1、大太鼓 1、シンバル 1、トライアングル 1、弦楽5部。

 

 


 

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ブロカートフィルハーモニー管弦楽団 http://www.brokat.jp/