*リヒャルト・シュトラウス 交響詩「ドン・ファン」(2016年2月14日第36回定期演奏会プログラムより)

 リヒャルト・シュトラウス(1864–1949)はドイツの音楽家フランツ・シュトラウスの長男として誕生し、経済的にも家庭的にも恵まれた環境で育った。父フランツは作曲家であり、音楽院の教授でもあり、ギター、クラリネット、ヴィオラを巧みに演奏した。特にホルンは、ワーグナーがバイロイトでのソロを任せたいと望むほどの名手だったという。しかし、彼自身はワーグナーなどの前衛的な音楽を嫌う徹底した古典主義者で、息子への音楽教育はその考えのもとにほどこされている。シュトラウスも父の教えを守り、初期の作品は実に保守的なものであった。しかし、21歳のとき、マイニンゲン宮廷楽団のコンサートマスター、アレクサンダー・リッターと出会ったことにより、革新的な音楽に目覚めて、父が嫌っていた新しい世界に足を踏み出す。その第一弾として発表されたのが交響詩「ドン・ファン」である。
  ドン・ファンは17世紀スペインを舞台とした架空の人物で、たいへんな好色家、放蕩者として登場し、彼をモデルにした劇や詩、戯曲が数多く作られた。モーツァルトのオペラ「ドン・ジョヴァンニ」もそのひとつである。作品ごとに少しずつ性格の違うドン・ファンだが、ドイツの詩人レーナウは、彼を「至高の女性と最高の愛をはぐくむことを求める理想主義者」として描いている。シュトラウスは、そのレーナウの詩が内包する精神そのものを音楽にしようと試みた。
 鮮烈に幕が開くと、煌びやかで魅惑的な女性たちの世界が広がり、そこに高い理想を掲げたドン・ファンが華々しく登場する。美しい女性、気品ある女性、妖艶な女性、優しい女性……この人こそと思って求愛するが、どの人も至高の女性ではないことに気づく。私の求める最高の愛はどこにもないのか!? 期待と失望の繰り返しは、やがて絶望へと変わっていった。そして、この絶望と孤独感から解放されるには、死しか残されていないことを悟る。
 ドン・ファンは千人以上の女性と愛を交わしたという逸話もある。見た目がよいことはもちろん、能力が高く、魅力的な男性だったのだろう。その恵まれた人間が、千もの愛を得ても叶えられなかった理想とはなんだろうか。シュトラウスのドン・ファンは、私に「ユートピア」という言葉を連想させる。ユートピア=理想郷。もともとの意味は「素晴らしくよいところだが、この世のどこにも存在しない場所」である。

(ホルン 吉川 深雪)

編成:フルート 3(ピッコロ持ち替え 1)、オーボエ 2、コールアングレ 1、クラリネット 2、ファゴット 2、コントラファゴット 1、ホルン 4、トランペット 3、トロンボーン 3、テューバ 1、ティンパニ 1、シンバル 1、トライアングル 1、グロッケンシュピール 1、ハープ 1、弦楽5部。

 

 


 

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